安倍邸で迎える三度目の桜の季節となった。一年前の病床より頼光は明らかに変わったと晴明は感じていた。元が小柄であった分、身体的な変化は目を見張るものがあったが、それは些末な事柄であり、驚くには値しない。だとすれば内面の変化かといえば、それもまた微妙に異なるように思われた。
晴明自身、どの様に言い表して良いものか、適切な表現に窮していた。器が大きくなったとでも言ってみればしっくりくるのかと考えたが、やはり違うように思えた。
桜の花片が舞う中、こうして頼光と並んでいると、二年前に屋敷に招いたことが間違いではなかったと実感できた。どの方向から比較検討しても実の息子である吉平、吉昌がかなうところはないように思えた。
 「頼光殿、土御門を継ぐお気はないか?」
晴明はまるで明日の天候のことでも話すかのように訊いた。頼光ほどの者ならば、言葉を彩ることは無意味と思えたからだ。
頼光は答えるでもなく、桜の花片と戯れていた。上に向けた掌を花片はするりするりとすり抜ける。晴明が見た頼光の横顔は、あまりにも穏やかで神仏のように美しかった。
 「晴明殿。この二年余り、私は感謝してもし足りないほど、多くの知識を学びました。それだけではなく、貴方は本当の父のように私を導いてくれた。それでも…」
結果はわかっていたはずなのだ。わかっていたはずなのに、訊かずにはいられなかった自分を晴明は嫌悪した。
 「私は武家の子なのです」
頼光は晴明の申し出を【他人である】と断った。しかし、絞り出すように、それでいて容赦なく最後の一線を引いた頼光のそれは優しさであった。
 「申し訳有りません…父上」
それが精一杯の感謝の言葉であった。頼光は溢れる涙を隠そうともせずに、桜の花片と戯れ続けた。今生の別れではないとわかっていながらも、止まらない感情に自分自身、戸惑っているのを見透かされないように。
その夜のうちに頼光は安倍邸を去り、源の家に戻った。

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