春夏秋冬代行者 春の舞

STORY

ストーリー

1

第壱話

春の舞

——少女の姿をした春の神様が、窓の外を眺めている。

海底に佇んでいるように波打つ豪奢な琥珀の髪に、和洋折衷の美しい着物をまとった可憐な娘、春の代行者・花葉雛菊は大和国最南端の島である竜宮にいた。
彼女に付き添うのは、凛とした美しさを持つ春の代行者護衛官・姫鷹さくら。
本来、南国として名高いはずの島はいま、雪に彩られている。
互いに身を寄せ合うようにして列車に乗る彼女たちは、この島で失われた春を呼び戻す儀式を行おうとしていた。
「雪かきにいくの」
そんな中、儀式の場所へ向かう道中で二人は薺と名乗る幼い少女と出会う。
「あの、ね、雛菊は、春、を呼ぶ、ん、だよ」
「ハルって、なに?」
十年ものあいだ春を失った地で育った彼女は、春という季節を知らなかった。
「子ども、は、ね……守って、あげ、たいの」
薺の抱える想いを知った雛菊とさくらは、彼女のためにこの地に春を呼び寄せる決意をする。

季節の巡り替わりを四人の現人神が担うこの国において、
古くから伝わる代行者の歴史はこのように綴られることで始まる。
——はじめに、冬があった、と。

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第弐話

名残雪

青年の姿をした冬の神様が、夢から醒め、寝起きのかすれた声で何事か囁いている。

十年振りの春帰還に騒然となる大和の中で、時の人である春の代行者について話す者達がいた。陰りのある瞳と高貴な美しさを持つ冬の代行者・寒椿狼星と、そんな彼に仕える執事然とした男、冬の代行者護衛官・寒月凍蝶だ。
二人は四季庁から新たに派遣された石原や、冬の護衛陣と共に創紫の地へ足を踏み入れる。すべては春の顕現が無事になされた地で、雛菊の帰還をこの目で確かめるために。

ところが、四季の代行者の存在を良しと思わない賊の面々が、狼星たちを襲う。

「……全部、俺のせいだ」
「何度言えばわかる?私はお前が大事なんだ」

難なく撃退する狼星たちであったが、十年前に春を失ったことは冬主従の心に深い傷を与えていた。十年前の事件、帰還した春主従の現在の様子。
交錯する思いの中、彼らは念願の桜見物を果たす。
だが、そこでもトラブルに巻き込まれ——。

「目の前に助けられる命がある。今なら救える」

代行者の始まりの物語は、以下のように続く。
——世界には冬しか季節がなく、冬はその孤独に耐えかね、生命を削り違う季節を創った。
それは春と名付けられた。
春は冬を師と慕い、常にその背を追いかけるようになった、と。

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第参話

片影

――夏の代行者の隠れ家、夏離宮は深い森の奥にある。

竜宮から創紫での春顕現を終えた雛菊とさくらは、次の季節顕現の土地である衣世に訪れていた。滞在地は、夏の代行者の別荘である夏離宮。
まだ解けぬ雪景色の中、春主従を出迎えてくれたのは夏の代行者護衛官を務める葉桜あやめ。眼鏡をかけた知的で美しい娘だ。あやめは二人に自身の妹が夏の代行者であることを語る。年頃の近い娘たちが意気投合する一方で、夏の代行者・葉桜瑠璃は部屋にこもり、顔を出そうとしなかった。

「やっぱり、お姉ちゃんはあたしのことどうでもいいんだ」
瑠璃は、扉越しに声を掛けてくれた雛菊に対しても素っ気のない答えしか返さない。

「私、結婚するので従者を辞めるんです。それに対して、妹が機嫌を損ねて」
夏主従の間には、けして小さくはない不和が起きていた。

姉妹間で生じている軋轢に戸惑いながらも、順調に衣世での春顕現を進める雛菊。
しかし、積み重なった疲労により倒れてしまう。
それぞれが誰かを想う中、その背後では怪しくうごめく影の姿があった――。

代行者の始まりの物語は、以下のように続く。
——冬は春から向けられる敬愛に応えるように教え導き、二つの季節は仲睦まじく季節を互いに繰り返した。
しかし、途中で大地が悲鳴を上げた。まるで休まる時が無い、と。

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第肆話

朝凪

――この神様に捧げられるものがあるなら何だって捧げる。

代行者を狙う賊が、夏離宮を襲撃していた。
主を守るため、そんな賊たちに相対するのは護衛官の二人。

毅然とした態度で腰に携えた刀を駆使し、苛烈な攻撃を敵に与える春の護衛官・姫鷹さくら。
温和で清楚な振舞いを一転し、銃を構える賊に臆することなく堂々と応戦する夏の護衛官・葉桜あやめ。

二人によって賊は撃退されたものの、冬の里の護衛による助けがあったことが伝わる。

「……冬が、何で……」
【冬】の一文字に動揺を隠せないさくらは、ある人物のことを思い出す。

『私だけでは不足だと? それとも罪滅ぼしのつもりか?』
さくらは険しい想いを抱えながらも、いまは雛菊を守ることだけを優先した。

「夏の、代行者、さま……?」
そして、ようやく彼女たちの前に夏の代行者が姿を現して――。

代行者の始まりの物語は、以下のように続く。
――動物が愛を育んでは眠り、木々は青葉に包まれたと思えば凍てつく。これならば、ただじっと耐えるばかりの冬の世界だけでよかったと。
一度春を知ってしまったからこそ、冬の世界が来ることが耐えられないと。

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第伍話

二人ぼっち

――その時は、最愛の女の子が何年も帰ってこなくなるとは思いもしなかったのだ。

衣世での夏離宮襲撃を経て、帝州へと向かった春主従。
さくらはより一層、雛菊に対しより過保護に振る舞い、冬主従もまた遠くから二人を見守っていた。雛菊は訪れた地で、春の里を想起する。
決まって思い出すのは、先代の春の代行者である母のことだった。

いまより昔のこと。
当時、春の代行者を務めていた雛菊の母・紅梅が、幼い雛菊を連れて春の里へ向かっていた。雛菊の父である花葉春月に娘を預けるためだ。

「母さま、また春のけんげんをしにいくの? もう春なのに?」
「実は母さま、あまり身体が良くないの。だから、治療をしにいかなきゃ」
雛菊が思い返す過去は、いつも悲しみを纏うものばかりだ。

春の里について雛菊が想いを馳せる傍らで、さくらもまた古い記憶を引っ張りだしていた。
のちに自身の最愛の主となる人との出会いの過程。そして、さくらが如何にして代行者護衛官になったかを。

代行者の始まりの物語は、以下のように続く。
――冬はその言い分に悲しんだが、大地の願いを聞き入れて、自分の生命を更に削り生命を創った。それが夏と秋だった、と。

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第陸話

還る場所

――いらない。この方の傍に居る権利以外、何もかも。

雛菊が帝州での春顕現を進める中、さくらの心は乱れていた。
十年前、雛菊が攫われる原因となった冬の里襲撃事件。
責任の一端を負っている冬主従の存在を、主が憎むことなく慕う言葉を言い続けるからだ。

さくらは再び過去を追走する。
主が賊に誘拐されてから、さくらは冬の里に身を寄せるも、ある日飛び出し、一人で健気に雛菊を探していた。そこでもたらされる雛菊の帰還の報は、さくらに歓喜をもたらしたが、同時に悲劇の始まりでもあった。

「もとの、ひなぎく、は、死んじゃった。今の、ひなぎく、は、ちがうひと」
機械のような辿々しい喋り方をする雛菊。

「みんな、『あの子』が死ぬの、待ってた、んでしょ。なら、そうしてあげる。そのうち、今の雛菊も、死ぬ、から、放って、おいて」
あまりにも世の中に絶望し、自暴自棄になっている彼女に、さくらはそれでも告げる。

「さくらの還る場所は、一つです」

代行者の始まりの物語は、以下のように続く。
――厳しい暑さの夏は自分を疎んだ大地への嘆き。
段々と生命の死を見せていく秋は自分をまた受け入れてもらう為の時間として。
大地がそれを受け入れたので、季節は春夏秋冬と巡るようになったのである、と。

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